第5回文学ワークショップ<オンライン>

2月7日、「文芸エム」編集部主催による第5回文学ワークショップをzoomオンラインで開催。 参加者はファシリテーター含め7名で、内3名がオンライン初参加。近畿を中心に北陸から四国まで。距離を超えるのがオンラインの醍醐味ですね。
第1部ワークショップでは、まず編集長から取り組みの前提として、パワポを使ったレクチャーです。主観的な印象を排した客観的な事実を文章で描く鍛錬が文章力の基礎となることがわかりやすく説明され、例としてドストエフスキーの描く生々しい人物描写が、実は客観的な叙述によって支えられていることが示されました。
そしていよいよ「文章デッサン」実技レッスンです。今回は課題映像として11の短い映像を用意。農業、宇宙、格闘技、戦争、ショー、等々。参加者は映像から一つの場面を選び、まずは五感がとらえた客観的な様相をありのまま正確に事実を叙述することに取り組みます。普段対象を正確に認知するよりも、主観的印象を強く意識することで「見た」ことにしてしまっているので、かなりの心的エネルギーと文章力が同時に必要とされ、もっとも良い基礎的な文章トレーニングになります。それでも、すでに文章デッサンを体験している参加者はもちろん、初めての体験者も果敢に取り組み、見事な書きぶりでした。それぞれが分かち合ったあとで、ようやく今度は書き上げた客観描写をもとに、存分に自分の印象を交え、比喩など修辞を加え肉づけして行きます。
読むことだけでなく、これまで様々文学の作品を書いてきた参加者たちですが、このワークショップで新たに書く力を開拓することができたのではないでしょうか。一度で簡単に文章力が飛躍するわけではありませんが、画力におけるデッサンのように、こうした文章デッサンを重ねることで確実に技能が向上するその手応えを実感できたことと思います。今後も趣向を変えながら文章デッサンのトレーニングを企画して行きたいと思います。

第2部では文学ミーティングとして参加者それぞれ印象に残った場面や登場人物を分かち合いました。まず語られた作品はタルコフスキー監督によるソ連映画「鏡」。冒頭部分を視聴しました。映像詩人と称されるとおり、その映像美は映画のほんのさわりだけで十分にうかがわれます。横に渡した丸太の囲いに腰を下ろした女性が、広がる田園を遠く眺めています。その背中からズームして静寂の中回り込むカメラワークに思わず引き込まれました。ステレオタイプな意味づけや単純論理によるのではなく、その美をストレートに受け止める感性を共有しました。
次に劇団100℃による舞台劇「百年の秘密」が紹介されました。これはケラリーノサンドロビッチの作演出による4時間にも及ぶ大作劇です。とりわけ主人公女性の一生を演じ切る犬山イヌコの演技と存在感は圧倒的だと。そして話は舞台劇の魅力に。タルコフスキー映画で目を引いたのはカメラという視点でしたが、全体の場面を晒した舞台を観客が自由にフォーカスして切り取る劇では、俳優の情動がダイレクトに観客の心情を共振させて揺さぶり、それは劇を「見る」というよりも、むしろ劇を「体験する」と言うべき。舞台未体験であれば、ぜひ一度観劇をと熱が入りました。ところで「百年の秘密」はシリアスな年代記の大作ですが、演出のケラリーノはコメディも「時効警察」などコメディも手がけ、犬山イヌコは「ポケモン」のニャースの声優でもあると余談も。
そして、溢れんばかりの魅力が語られたのは村上春樹「ノルウェイの森」。魅力の主は緑。彼女と主人公の「僕」と2人で、燃えさかる火事を眺めるシーン。そして物語の最後「僕」が電話ボックスから緑に電話をかける息を呑むほど印象的な美しい場面。キュートで男性をふりまわさずにはいないが、緑自身もが自分や世界に振り回されている気配をまとっている。「僕は緑に会いたくて、小説を書いている」とは紹介者の言葉。この言葉がすべてを物語っています。
最後に紹介された作品は遠藤周作の「沈黙」。死の淵に追いやられても、その信仰を保つことはできるのか。そして神を裏切る弱さが罪悪とされても、そのぎりぎり引き裂かれた苦悩もまたは人間らしさと言えないだろうか。キチジロウの姿に心奥を揺さぶられている紹介者の人間と人生へ向ける眼差しは静かだ。殉教を覚悟して渡来した外国人宣教師が、弾圧受けるや一転して棄教しなんと幕府方侍となり凄絶な弾圧の先頭に立ったという逸話から、話題は人間存在の光と闇にいざなわれました。ペロー「青髭」のモデルとなった殺人鬼が、かつて神の啓示のまま生きたジャンヌダルクに心酔する配下の武将貴族であったとも伝えられる。まさにドストエフスキーが終生小説に取り上げたテーマではなかっただろうか。神や信仰に対するトルストイとドストエフスキーの態度を前に、果たしてそのどちらに共感を抱くだろう。話題はさらに「悪霊」の連想から連合赤軍事件当事者の言葉まで広がりました。
まだまだ語り合いたい思いは強かったが、終了の時間となりました。互いに質問し残したことについては、別の場で応答し合うことに。

オンラインで行う文学ワークショップはこれが初めてとなります。とても充実した時間でした。今回は一般への広報は控えましたが、今後は広く参加を呼びかけて行こうと思っています。
参加者の皆様、お疲れ様でした。また次回、お会いしましょう。