舞台

今月末の「航路」舞台公演が近づいてきた。私は原作提供に過ぎないが、それでもやはり静かな興奮を覚える。
私はもともと小劇場など舞台に馴染みがとんと薄い。先月、劇団メンソウルの杉本座長が演出された劇を観たのが、初体験と言っていい。
その劇はMAXのNANAさん主演の「JUST DO IT」。前回公演で好評を博し、再演となったものだ。大変興味深く刺激的で創作者としてよい体験になったし、もとより物語を存分に楽しんだ。
面白く感じたことがあった。実は劇が始まって早々に、涙が込み上げたのだ。ストーリーはまだ「泣くところ」ではない。ちょっとこの情動の由来が自分で判然としなかった。ステージ上では少女たちが懸命にその役柄を演じている。その姿を見ていると、無性に心揺さぶられるのだ。ああ、これはストーリー上の配役に動かされているのではない、演じられている人物像のさらに奥の演者自身の何かがこちらを動かしているのだ、と気づいた。そして終演後、杉本さんからまさに舞台裏の話をうかがい、私に涙を込み上げたさせた正体を知ることができた。これが舞台なんだな、舞台の魅力とはこういうことなのか、とすっかり感心した。
演じるとは生きて伝えることだ。生きても伝わらねば、それは一方で虚しくもあろうし、ならば人格を生きるよりも、記号として分かりやすく観客に伝えることにもなるだろうと思う。ステレオタイプとリアルのダブルバインドが演者を深みに誘うのではないか。そして演技に深く習熟していない場合、観客に伝えるための記号を提示するよりも、むしろむきだしのリアルがはからずも巨大な力を生み出すこともあるだろうと思う。そしてそれを引き出すのが演出家ということになるのかもしれない。
私の胸をぐいと締めつけ深い情動に誘ったのは、舞台上の少女たちでありながら、実は舞台上にシンクロして二重写しになっている舞台裏の素の彼女たち自身であり、さらにはそれを現出した演出家の杉本さんの力である。私はこのことをもって、もう杉本さんを信頼した。そして安心した。
今度、舞台稽古を見学させていただけることになった。とても楽しみだ。