辻本茂雄-「秋の茂造まつりin守山」2018

少し前、「秋の茂造まつりin守山」という催しに出かけた。守山とは滋賀県の守山市で、茂造とは吉本新喜劇の辻本茂雄演じる「茂造爺さん」のことだ。
こういった舞台をじかに見るのは初めてだった。一度吉本の舞台見てみたいなとぼんやり思ってはいたが機会がなかった。守山市は滋賀県下で8番目の人口らしいが、市町村合併で膨らんだ行政区を除けばこじんまりとしてそれなりにメジャーな市だ。そこに吉本がやってくる。会場は市民ホール。入場料は当日3,000円。前日に開催を知り、若い友人の希望で行こうと決めた。
吉本新喜劇と言えば土曜日昼時のテレビ番組として不動の金字塔だ。金字塔は変かな。ともかく王者だ。とはいえ、どうだろうもう十年近く見ていないのではないか。ひところは毎週テレビを見て家族で大笑いしていたが家族が夫婦だけになるとめっきりと見なくなった。しかし、茂造爺さんはよく知っているし、その他の辻本演じるキャラも大好きだったので楽しみにしてでかけた。
なんと駅からは臨時バスが出ている。驚いた。当日券を得るため開演の1時間前に着いたのだが、当日券売り場はもう長蛇の列である。さらにホールは大変な人混みだ。臨時バスで乗り合わせたのは老人会らしい婆さんグループで、ははあ客層はこのあたりだな、と思っていたのだが、なんの会場に集って来たのは家族づれ、カップル、学生グループ、年寄りたちなどまさに老若男女である。
知らない若手の漫才、一人漫談もそれなりに面白く、そしていよいよ新喜劇である。ポスターに載っていた芸人は少なかったし、新喜劇とは一言もないのでどういう形式の舞台だろうと思っていたが、いや立派な新喜劇そのものだった。実際は登場人物などかなり少なく規模は小さかったのだろうが、そうは感じさせない。さすが辻本だ。辻本の一挙手一投足に会場はやんやのかっさいである。これは「秋の茂造アドリブ祭り」だと、若手たちに散々無茶振りするのだが、それは会場を巻き込み爆笑に次ぐ爆笑で、子供達は口々に茂造に会場から声を上げる。面白かった。
いい仕事だなあ。それが第一の感想だ。素晴らしい!小さな地方都市でこんなにも沢山の人が押し寄せ、皆が思い切り笑って、満足げな笑顔で会場を後にする。なんて素敵な商売だろう。本当にそう思った。
前にオードリーの若林がこんなことを言っていた。まだずっと若くブレイクするより遥か昔、人生でいちばん落ち込んで病んでいた時期があったという。何もやる気がせず、身体を動かすこともできない。本や漫画を手に取ることもできず、かすかにできたのはリモコンをつかんでボタンを押すことだけで、ぼんやりとテレビを見ていたのだという。番組では売れない若手芸人が何か身体を張って何か危険で痛い姿を見せていたのだという。深夜に一人それを見ながら、鬱に沈んでいた若林は「俺よりも下の奴がいる」と思って少し笑いがこみ上げ、そしてそれから少しずつ元気を取り戻しどん底から這い出せたのだという。そしてこれが、若林言うところの「お笑いの力」だというのだ。私はとても感銘を受けた。励ましや慰めでなく、身をもって相手に力を呼び起こす、これ以上のものはないのではないか。
素晴らしいと思う。喜劇とは本来悲劇とは逆のハッピーエンドの物語劇のことで、普段私たちが喜劇と呼んでいるものはむしろ「笑劇」と呼ぶべきジャンルだと読んだことがある。それは展開が希望で終わるか絶望で終わるか、そんなことは関係ない。悲劇でも喜劇でもなく、「笑劇」なのだ。笑いのとてつもない力。素晴らしい。
そういえば劇団メンソウルも大いに笑わせてくれる。だからいいのだ。深刻物語しか書けない僕はひたすらに憧れる。