世界スタンダードとしてのK-POP

先日、奥田民生とYouTube音楽部門トップとの対談番組があった。コーエンというその音楽責任者が言っていた。
「日本には素晴らしいアーチストがいて素晴らしい。しかし例えば韓国のような小さな国が世界を相手にして音楽を発信しているのに、日本はどうも内向きになっていて世界を見ようとしないのは残念」
確かそういった言葉だった。そのときは「韓国という小さな国」「世界を相手にしている」ということが少し興味深く感じただけだ。よく知らないが韓国は音楽消費人口が日本よりはるかに小さいらしいと記事を見た記憶はあった。
そのあとでYouTubeで偶然に韓国の女性グループblack pinkのライブ映像を見た。びっくりした。メルボルン、そしてロンドンのスタジアム級の大会場をいっぱいに観客を埋めそれは熱狂的な人気ぶりなのだ。本当に驚いた。
blackpinkというグループ名も確かインドネシアだったか風俗的に好ましくないという理由で公演が中止になったというニュースを目にして記憶していただけだ。だからどこか眉ひそめるスキャンダラスな、言わば際物めいた印象だった。それがこんなにも海外で熱狂的に支持されている。世界のスタンダードとして人々を魅了している。知らなかった。そういった情報はほとんど目にしていなかった。そういえば先年確か原爆のきのこ雲をプリントしたシャツを着ていたことを非難された男性グループが日本では信じられないほどアメリカやヨーロッパで人気を博しているという記事も目にしたことはあったが、あまりピンときてはいなかった。こういうことか、と思った。そういえば、どこの調査発表だかわからないが、世界で美しい顔ベスト100だか毎年発表されそのベスト10に多数の韓国アイドルが入っているということもなるほど重なった。
KARAだの少女時代だのといったいわゆるK-POPが話題になったのはかなり前だと思うが、そのときはとにかくダンスの上手さと全体で醸し出す世界がオリジナルですごいなと感心した。日本のAKBとかは見るに耐えないと思っていたので(実際に見るのが嫌であった)そのあまりのレベルの差に驚いたが、若い人にそのことを言ってみたら、韓国アイドルを作り物とどこか嫌い日本のアイドルに身近な親しみを感じているのがわかった。若い人の感性が理解できず、それからそういったアイドル評は自分で敬遠していた。日本のアイドルが恥ずかしくて見ておれない(何一つ優れたものがない)のは変わらないし、韓国アイドルがどこかとても煽情的で言わばエロい印象で嗜好に合わなかった。そのままだったのだが、ここまでに情報から途絶されてしまっていたのだ。そうだ。数年前にpsyという韓国の男性シンガーの歌がヒットしそのダンスが世界的に流行しているというニュースを目にしたときも、そのダンスの良さ、面白さが理解できずスルーした。海外の評判などどうでもいい、とそう思っていた。それはそれで間違った態度ではない。しかしだ。情報の無知はそれで問題だと強く思う。
そしてblackpinkの映像をよく見た。その表情は笑顔や澄ましたキメ顔の裏に職人のアスリートの表情が漏れ窺われるのだ。鍛錬に鍛錬を重ねその一挙手一投足に命を賭けて演じているプロフェッショナルだ。それは職人的な厳しさや切迫感を宿している。その表す世界観や人間観のイマージュの評価、好悪とは別に「凄み」や「本物感」を漂わせるのだ。
いつのまにか世界から取り残され、独善的な内輪の「いいね」で互いを慰撫し合うこの国の姿がよく見えてきた。
政権への批判どころか批評や正当な議論の提起すら、社会の足を引っ張る不逞の輩扱いされる情報統制が敷かれて久しい。その副産物だろう。文化においてすら、情報が制限されているように思えた。それは確かに大衆が求める情報、よりたくさんの「いいね」が集まる情報を優先しただけの結果に過ぎないとしても、改めて戦慄した。
ガラパゴスとは確かに言い得て妙である。賞賛以外は卑劣な批判だと感じるこのどうしようもない狭量はどこから来るのか。越境であるとか、風穴をあけることをまた今更ながらに思うのである。