▼ 書き綴り

今読む「僕って何」「野辺送りの唄」(三田誠広)

 三田誠広「野辺送りの唄」を読んだ。  ずっと読みたいと思っていた。実はストーリーも物語のトーンもすっかり忘れ果ててしまっているが、40年前の発刊直後に私はすでに一度読んでいる。そのとき私は衝撃的な深い感銘を受けている。すっかりファンとなり...

五十嵐勉「亜細亜二千年紀 第一部亜熱帯へ」2020

「亜細亜二千年紀 第一部亜熱帯へ」を読んだ。 五十嵐勉氏による大長編小説の冒頭部分だ。その構想については折々氏が語られていたが、直接その執筆について話を聞いたのは昨秋である。時代と地域民族を超えてつながる争乱の大叙事詩。私はそう理解した。も...

ゴーゴリ「外套」1842

 ゴーゴリ「外套」を読んだ。これまでゴーゴリを読んだことはなかった。ゴーゴリだけではない。実はプーシキンもチェーホフも読んでいない。ロシア作家ならほぼドストエフスキーとトルストイしか読んでいないと言った方がいいかもしれない。ロシアに限らない...

9/6 第8回 大阪文学フリマ出店

3月前橋、5月東京、6月盛岡と軒並み中止となり、1月京都以来久々の開催。しかし、加えて大型台風が九州に接近というタイミングで続々出店キャンセル。出展ブースは半分以下、4割といったところ。来場者は例年の盛況ぶりが嘘のよう。 しかしおかげで多く...

「深海魚族」と「文芸エム」

甲南高校文学部、そう口にすると関西では大概勘違いされ、戸惑いを与える。関西には「ええとこの子」が集まる「金持ち大学」甲南大学があるからだ。甲南高校と言えばその高等部だ。しかし文学部であれば、甲南大学だろうと話は混乱する。おまけに私がもとより...

「白痴」 ~ 光闇を描くドストエフスキー

 読み終えた。  はじめに岩波文庫「白痴」上巻を開いたのは、いよいよコロナ禍非常事態が宣言され、学校やほとんどの店舗、会社がシャッターを下ろし、まもなく町中からティッシュやマスクが消える頃だ。ひと頃はほぼ毎日、私は「白痴」を読みながら川沿い...

書くということ  ~ 「文芸エム」創刊に寄せて

 書くとは、言葉に託し内なる形なきものを外に表す営みだ。つまり、まずそれは自分の内に潜むものを自分自身の眼前に突きつけることになる。書くことが、自分自身との思いがけない邂逅をもたらすことを作家や詩人は否応なく自覚している。  その邂逅は至上...

読むということ ~ 「文芸エム」創刊に寄せて

 人生の岐路で胎にずんと来る小説と出会った人は多い。たとえば、それまでならば当てにし頼りにしていた人の言葉が、どうしてなのかまったく心に届いてこない。気がついたらどこにも明かりや支えが見当たらない。そんなとき、何気なく手にした文庫を開き、綴...

前橋の萩原恭次郎

 今年の開催中止を受け、来年3月21日に次回前橋文学フリマが開催されるとメールが届いた。しかし残念ながら、来春にコロナ禍が収束している保証などない。むしろその後は「復旧」でなく「創出」を迫られる不可逆的な歴史的変容を私たちは今体験している。...

島尾敏雄「ロングロングアゴウ」、三島由紀夫「春子」ほか(『純愛小説名作選』1979集英社文庫)

 吉行淳之介の選による「純愛小説名作選」と銘打たれたオムニバス短編集である。発行は1979年。13編のうち10編を読んだが、とても面白かった。巻末に吉行と長部日出雄による「純愛とは何か」と題する対談が掲載されてあるのだが、出だしから「純愛の...

萩原恭次郎と「日比谷」〜前橋文学フリマに寄せて

次回の文学フリマの開催地は前橋である。実ははじめ出店参加するつもりはなかった。私の住む関西からかなり遠いという漠然とした印象があり、なじみを感じなかったのが理由のひとつだ。しかし文芸思潮の五十嵐編集長から前橋でもコラボ出店しましょうと誘われ...

五十嵐勉 カンボジア難民小説作品群

国土を支配した急進過激勢力による人民大虐殺を逃れ、ようやく国境にたどり着くも隣国から入国を阻まれ、やむなくそこに民衆の難民集落、キャンプ村が出現する。虐殺と飢え、強いられる密告と強制労働による筆舌尽くしがたい過酷の日々から逃れ、そこには束の...

ロレンス「チャタレイ夫人の恋人」1928

冒頭、有閑貴族紳士たちが延々繰り広げる冗長で衒学的な議論は、当時の典型的な思想の一片が明瞭に語られており興味深くはあったが、(作家の意図通り)退屈に思われた。しかし、森番メラーズが現れてからは、ぐいぐいと物語に引き込まれ、文庫560頁だから...

カミュ「ペスト」サルトル「実存主義とは何か」、そして構造主義・ポスト構造主義について 

前に内田樹の「寝ながら学べる構造主義」を読んで頭の中がひっくり返るくらい衝撃を受けた。私を知らず支えていた巨大な柱が見事に倒壊してしまった、という感じ。まったく自覚はなかったが、私は実存主義の子であり、それは他の同時代人も一緒である。主体性...

藤原竜也「ハムレット」2003

彼の途轍もない表現の力をなんと言い表せばよいだろう。遠くからでもわかる美しい顔立ちや均整の取れたしなやかな体躯の見栄えまでが加担して、溢れかえるほど魅力が噴出して比類のない表現の巨大な源泉となっている。 私は叫ぶ演技はあまり好きではない。い...

夏目漱石「こころ」1914

はじめて「こころ」を読んだ。ようやく。実は読みながらずいぶんとツッコミ入れていた。 ともかく気になったのは先生の奥さんについてだ。その描き方がどう見ても大人の女性というより、少女のようだし、これは男の好むひとつの幻想としての女性像に思われ、...

1/19文学フリマ京都 原浩一郎&文芸思潮

とても晴れ上がった青空だ。いつも朝早く出発せねば間に合わないのだが、今回は近場だ。余裕をもって朝十時に会場に到着した。 これで出店は四回目となる。開場前の準備も随分と慣れた。ブースの狭いスペースにうまいこと作品を陳列する。 今回は何しろ「文...

「チェーンギャング」1991

昨日の文学フリマ京都で信じられないような出会いがあった。私のブースの前で一人の男性が興味深げに私の作品を手に取っている。声をかけると、なんと30年前に私が使っていた筆名を口にされた。あまりの驚きに、すぐに返答できなかった。 実は30年前に一...

今津-鯖街道-小浜-敦賀

青春18切符が一回分残っていた。今季の使用期限は1月の10日である。もともと金券ショップで3回分を購入したものなので、残り1回分を売ってもよかった。購入したときに買取金額100円追加のクーポンも貰っていた。しかし惜しい。またゆっくりJR乗り...

1/19第四回文学フリマ京都 @みやこめっせ

 いよいよ1/19に岡崎みやこめっせで第四回文学フリマ京都が開催される。ところで「みやこめっせ」ってまだ馴染めない。勧業館といった方がピンとくる。これは大山のぶ代のドラえもんでないと十年経っても依然違和感覚えるのと同じでどうしようもない。 ...