● 言葉の力言葉の力への揺るがない確信。その力にこそ依拠する覚悟。
● 世界は物語にあふれている 日常の出来事や事態が宿す深淵で甚大なドラマへの限りない郷愁。
● 生は死とともにある限りのある生の営みを死の側から眺める畏敬の眼差し。
● 力のある文学消費されるための文学でなく、深奥からむしろ衝き動かす文学。
● 文学の復権文学をしてそのいのちにふさわしく市井で働かしめよ。
「魂の文学へ」 原 浩一郎

書くことを拒まれると死なずにはいられないかどうか、白状してごらんなさい。なによりもまず、あなたの夜の最も静かな時間に、自分は書かずにはいられないのか、とご自分にお尋ねなさい。心のなかを掘って深い返事をお捜しなさい。(「若き詩人への手紙」Rainer Maria Rilke)

シェイクスピア「ハムレット」1601

読んだあと、すぐにでもその印象や連想を素材にして考察を書ける作品もあれば、なんともひっかかりがなくネタにできないものもある。それはもちろん作品のせいというよりも、私の側の勝手な変数が導いた値にすぎないが。 「ハムレット」を読んだ。先に読んだ...

創作とリアリティ

週末お茶の水で「第三回全国同人雑誌会議」が開催される。参加の予定である。 私は文芸同人誌に所属はしていないが主催の文芸思潮から案内があり、ちょうど同人グループを立ち上げたいと考えていたところなので参加することにした。 基調講演は三田誠広であ...

シェイクスピア「リア王」1606

リア王の王権譲渡をめぐる約ひと月の騒動の間に関係者のうちほとんどが非業の死を遂げ、生き残るのはほんのわずかだ。この凄まじい急転直下の崩壊はどういうことか。 冒頭リア王は、旺盛な我が権力を生前に譲渡するため国土の分割を自身への賛美の度合いで決...

ソポクレス「アンティゴネー」B.C.441

どうしても気になり、ソポクレス自身の「アンティゴネー」の戯曲台本を読んでみたくなった。長く借りていた本を抱え県立図書館へ向かったが、長期延滞の小言をもらうだけで図書を借りることはできなかった。やむなく、BookOffまで出かけ、呉茂一訳の岩...

ソポクレス「オイディプス三部作」B.C.497-406

狭義の三部作とは言えないらしいが、ギリシャ神話のオイディプス(エディプス)を題材としたギリシャ三大悲劇詩人ソポクレスによる戯曲三作品「オイディプス」「コローノスのオイディプス」そして「アンティゴネー」である。 よく知られるオイディプス王自身...

字義を越えて響くもの

先日、ふと尾崎豊の「I love you」を外国人Youtuberが聞くReaction動画を見た。尾崎については、若くして死んだ日本で有名なシンガーソングライターという程度の予備知識のようだ。もちろん歌詞はわからない。みるみるそのYout...

「唐代伝奇」A.D.8c-9c

「唐代伝奇」を読むと、「異なもの」に対する深い畏敬と親和がうかがわれる。妖狐、龍、魂、白猿等々、それらを妻と迎え、あるいはその子を産み、災いどころか思いもよらぬ幸福を手にする。これは逆に信じがたい好転の結果を前にして、後付けで超自然的な力の...

悲劇の所以

悲劇、つまりその物語が喜びや楽しさよりも悲しみを描くもの。希望や安堵を最後に与えるのでなく、「救いのない」物語。それが古くから演じられ描かれてきたのはなぜなのか。その理由ははっきりとわかる。この世界が、人が生きるということが、決して最後に救...

9.8文学フリマ大阪-書くということ

イベント開催の間もずっと考えていたのは、ここに集まった人たちにとっての「書く」という行為の意味合いについてだ。来場者ではない。出店者についてだ。なぜ書くのだろう。まるで他人事のようだが、それは私が書く「理由」についても明らかにしてくれるよう...

高橋和巳「散華」1963

 先日、或る芥川賞作家が選考委員となっている比較的小さな文学賞に応募し、受賞は果たせなかったが最終選考に残ることができた。相変わらず書いては応募を続けているのだが、このところ早々に返り討ちに遭うことが続いていた。応募三〇〇人レベルだとトップ...

劇団パトスパック「永遠ノ矢=トワノアイ」2019

 もちろん文学は道徳や倫理すらも俎上に載せる地平から立ち昇るものだ。だから本来タブーもない。文学はそれゆえに私たちの日常を見えないまま支配している「前提」を対象化させその安寧を突き動かす。前提による安心に執着する精神にとって、それは不快であ...

自転車琵琶湖一周2019

今年もまた去年のように猛暑が続くとはつい先日まで想像もされなかった。七月下旬になっても鬱々と雨が降り続いていた。ようやく一日曇り空が持ちこたえてくれそうに思われた25日、自転車で琵琶湖一周に向かった。いわゆる「ビワイチ」である。 なんとか「...

異界と現世をペーストする~安田登@山本能楽堂

念願していた安田登さんの講座をお聞きすることができた。大阪山本能楽堂の伝統芸能塾まっちゃまちサロンだ。時間も短く、また入門講座なので深淵なテーマもさらりと語られるにとどまったが、いくつかとても感じ入る話があった。 能の主人公に当たるシテに対...

パステルナーク「ドクトルジバゴ」(1957/1965)

ロシアを舞台とした映画をたて続けに見た。「ドクトルジバゴ」「レッズ」、そして「ひまわり」。 「ドクトルジバゴ」はパステルナークの小説の映画化である。見たいと思いながら一度も機会がなかった作品だ。敬遠した理由のひとつには上映時間が3時間を超え...

世界スタンダードとしてのK-POP

先日、奥田民生とYouTube音楽部門トップとの対談番組があった。コーエンというその音楽責任者が言っていた。 「日本には魅力的アーチストが多数いて素晴らしい。しかし例えば韓国のような小さな国が世界を相手にして音楽を発信しているのに、日本はど...

小説販売行脚

盛岡での文学フリマでは、予想もしなかったことがいくつかあった。開始早々に私の小説を買うために初めてこのイベントにやってきました、という方が見えられ、とても驚いた。私の地元は関西であるし、あと私が懇意にさせていただいている劇団を通じてかとも思...

盛岡の町に

盛岡駅を出てしばらく行くと、大きな川を渡った。北上川だ。 北上川といえば僕らは「北上夜曲」を思い出す。誰の歌だったのだろう。ダークダックスとかそのあたりではないか。紅白歌合戦とか、おそらく幼い頃に幾度か耳にしてその印象的なメロディがいつのま...

観世元雅「弱法師」(友枝喜久夫)

「弱法師」と書いて「よろぼし」と読む。天才とうたわれ夭逝した世阿弥の長男観世元雅作の謡曲である。主人公シテは俊徳丸。盲目の弱法師つまり乞食である。よろよろと歩くからよろ法師。弱法師は当て字だ。当時乞食は僧の身なりをしている者が多かった。 乞...

Simon & Garfunkel 「I am a rock」1966

人生の途轍もない恐ろしさをまだ思い知る少し前に、浪漫チックにとても好きだった I am a rockという歌がある。Simon & Garfunkel の歌だ。特にその歌詞にとても惹かれ、なんどもノートに書き写した記憶がある。14...

レスリーチャン「さらば、わが愛/覇王別姫」(1993)

圧巻の一言。 ずっと観たいと思っていて、ようやく観ることができた。映画そのものについてはただもう「よかった」と幾分放心気味に答えるだけだ。 その余韻は長く残った。そして無性に中国への憧れがむくむくと込み上げて来た。久しぶりに思い出してしまっ...

文学の醍醐味 ~ 6/9 文学フリマ岩手!

来週の日曜、盛岡に行く。文学フリマに出店するのだ。文学フリマとはつまり文学フリーマーケット、僕も初めて参加するので実はよく分かっていない。コミケの文学版なのかな、という程度だ。しかし作者が自ら自分の作品を販売するというスタイルにはとても心躍...

表現という営みを同じくする者として

 先日、或る画家の方のギャラリーを見学させていただいた。 間近に原画を拝見できるだけでも幸運だが、その作家と言葉交わしながら作品を味わうのはまたさらに格別だ。 光が映すくっきりした影の輪郭が森の道や積雪の土手に浮かび上がる清冽な情景を精緻に...